「介護保険制度の現状と今後の地域福祉・医療の課題」

開催日:2002年11月10日(土)
開催場所:宇都宮大学農学部南棟4階3401教室

講師:明治学院大学社会学部  清水 浩一 教授


はじめに
 日本の介護保険制度は、地球上でドイツに次いで二番目に創設された。失敗したら大変なことになる。

T 介護保険制度導入の歴史的意味を再確認する

  1 導入の背景

(1)将来の少子超高齢社会における高齢者介護の危機
(2)公費負担の限界→老人福祉制度から社会保険システムへ
(3)「社会的入院」増による老人保健・医療保険の危機の救済

   2 介護保険に期待された事柄・危惧された事柄

(1)期待された事柄→安定的財源の確保、民間在宅事業者の参入、選択する権利etc
(2)危惧された事柄→基盤整備への不安、低所得者の負担増、要介護認定の客観性etc

U 介護保険制度の現在はどうか

 平成14年度は介護保険制度施行3年目に入り、その実績をもとに平成15年度から19年度にわたる 5年間の「第2期介護保険事業計画」策定作業の年でもある。厚生労働省の表現を借りれば、(平成14年度は)「第T期の仕上げの年であると同時に15年度からの第U期の仕込みの重要な年」である。
<主な検討課題>
(1)介護保険料の引き上げ
  • 7〜8割の市町村が引き上げを検討している。4000円超える市町村が430以上になる見込み。
  • 在宅サービス少なく、施設多いことが原因
  • 保険料現在の5段階を6段階にし、低所得者の負担を軽くし、高額所得者の負担を重くする。
(2)介護報酬の見直し
  • 介護保険施設の引き下げは必至の見通し(福祉の時代からすると施設は増収)
  • 在宅サービス赤字、企業が採算合うように引き上げる
(3)施設入所希望の急増に対する対策
  • グループホーム・ケアハウス等の基盤整備
  • 療養病床から老健施設への特例的転換の推進
  • 新型特養のホテルコスト新設
  • 施設入所運営基準の改正 今年の8月から要介護度、家族の状況等により施設が入所の優先順位を決めることができるようになった。選択する権利は吹っ飛んでしまった。
(4)サービスの質の確保
  • 特養の個室化
  • ケア・マネ・リーダーの養成・支援(ケアマネージュアの評判良くない。自分の施設の営業マンになってしまっている。)
(5)新しい要介護認定システムの導入
  • コンピューターソフトの欠陥の改善


V <普通の世帯の深刻な事例>を考える

 82歳の歩行困難な父親と78歳の入院中の母親(痴呆で車椅子生活、要介護度5)と暮らす46歳の女性(Aさん)。母親が病院から退院を迫られているため、Aさんは介護の限界から「今すぐ両親が入所できる特別養護老人ホームがないか探してほしい」とケアマネージャー に相談した。もちろんAさんは数年間の待機期間が存在するとは聞いていたが、事態は急を要していた。家族崩壊の危機感から20数カ所の施設に問い合わせた。隣の市の施設からは「当市の住民以外は申請しても"永遠に"入所できない」とまで言われた。ケアマネージャーからは自宅で訪問介護・看護・入浴や短期入所など各種の在宅サービスを利用しながら、特別養護老人ホームへ入所できる日を待とうと提案されていたが、Aさんはすでに心身ともに疲れており、在宅で介護していく自信が持てなかった。次善の策として老人保健施設を探したが、やはり入所まで3〜4ヶ月かかると言われ、さらに医療処置や投薬が必要な人、座位が2時間保持できない人などは対象外と言われた。ついに遠方であったがリハビリを目的として他の病院へ転院させた。近くの病院は一日2万円の個室なら空いていると言われた。Aさんは「いざサービスを利用したい時に使えないのでは、何のために介護保険はあるのですか。これでは詐欺みたいなものです。」とケアマネージャーに訴えたが、ケアマネージャーもこのケースを通して「必要な人が使えないような介護サービス不足は、誰の責任なのだろうか」と思った。
事例出所:鈴木幸雄「ある入所待機者の家族の怒り」
『月刊介護保険』No.80 2002.10 p55から引用者が要約

この事例は少子高齢社会を前提とすれば特殊な事例とは言えないだろう。
<事例の問題点は>
第一に、入院中の母親が診療報酬の仕組みから退院を迫られていること
  • 厚生労働省は「社会的入院」の患者数を約5万人と推計(H11.10の患者調査)
  • 医療保険適用の療養型病床群が介護保険適用の介護施設への転換が遅れる
  • ついに平成14年10月から180日以上入院が続いている「社会的入院」患者に医療費の自己負担を強化し、患者の「追い出し作戦」が開始
→患者の運命は?
第二に、現在の在宅サービスを限度枠を使い切っても、家族である介護者にはなお相当の負担を強いることになること(初めから半分は家族介護で制度を設計していた。厚生労働省はこれをはっきり言わないで隠している)
第三に、施設が種別を問わず待機期間が長期にわたることなどである。


W <普通の世帯の深刻な事例>が生じる背景と対策を考える

【危険な「逆戻り」の連関】  
不十分な在宅サービス → 施設入所希望 → 保険財政の悪化 →
保険料引き上げへの圧力(or利用者負担の増加)→ 介護施設利用の制限 → 家族介護への期待 → <深刻な事例>
【どのような展望を持つべきか】
在宅サービスの拡充(家族介護なしのサービス水準、大阪牧方市、秋田鷹巣町)
→支給限度額の改善(北欧並の水準)
→若干の保険料引き上げ(最小限に抑える)
    ↑
介護保険をバックアップするための自らの地域ケアシステムの設計・実践が必要(福祉は住民自治の試金石)

<例>
@自治体の上乗せ・横出しのサービス付加
A社会福祉協議会による補完的サービス
  (深刻で不採算なケースに責任を持つ)
B地域ボランテイアの拡充
  (訪問・配食サービスなどで福祉に心を通わせる)
Cグループホームなどの小規模・多様な施設を整備・拡充
Dその他、何ができるか住民同士で考え、試行錯誤するプロセスも重要
  (本当は市町村社協が音頭をとるべきだが・・・)。



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